映画, 生活

日本の自殺者数が異常に多いのは「リカバリーを許さない」風潮が原因ではなかろうか

こんばんは、ころすけ(@wg_koro)です。

救急車

映画『自殺者1万人を救う戦い』を見ました。色々考えることが多かったのでここにつらっと書き記します。長いですよ。

ちなみに、この映画はレネ・ダイグナン監督と、マーク=アントアン・アスティエの撮影による52分のドキュメンタリー映画です。Youtubeで全編が公開されています。

自殺者1万人を救う戦い – Saving 10,000 | Winning a War on Suicide in Japan

自殺との戦いにおいて、「敵」はいったい誰なのか。映画『Saving 10,000 – 自殺者1万人を救う戦い』は、日本の高い自殺率の真の原因究明に挑む一人のアイルラン­ド人の物語である。作品を通じて、日本のマスコミによる自殺報道のあり方、経済的圧力­、うまく機能していない精神医療制度などの重要な問題が浮かび上がってくる。第一線で­活躍する専門家から一般人まで、約100人へ取材し、日本がどうすれば自殺との戦いに­勝利できるのか、具体的な方策を提示している。しかし、自殺の話題がタブー視されてい­る日本で、一体どのくらいの人が耳を傾けてくれるのだろうか。

ところで何故日本は自殺数の数が異常に多いのでしょうか(年間1万人)。その理由を考えてみました。

メンタルリカバリーが必要ない民族、日本人

「日本人にはメンタルリカバリーなんて必要ない!」と演説している人がいたら、皆さんは「そのとおり!」と同調するのでしょうか。それとも「何を言ってるんだあの馬鹿は」と思うのでしょうか。

後者しかいないことを願いたいところです。が、日本社会は完全に「前者」ですよね。

「心療内科へ通う」と周囲に話せば、それだけで「ドロップアウト(落第)」候補です。仮に、職場で周囲に「俺、今度診療内科行こうと思うんだ」と話すとどうなりますか?以後の昇進・待遇に不安を抱きませんか?

「いつでも100%元気である」ということは不可能なのに「精神的ケアが必要な人は不要である」という社会風潮。自分はこれが自殺者の数を押し上げていると思うのです。

自殺抑制に必要なのは

『メンタルケア・リカバリー』は決して恥ずかしくないことであり、当たり前のことである

という社会風潮を作ることではないでしょうか。

治療を受けられないので悪化する

風邪をひいたり、怪我をすると「さっさと病院行け」と言われますね。ちょっと大きい症状で、病院に行くのをためらっていると途端に悪化して「ほれみたことか」と言われたりします。

このように、物理的な損傷に対しては早急な治療を勧めます。

しかし精神的な損傷に対してはどうでしょう。「今後の生活に響くから行かないようにしよう」「行っても周囲には隠しておこう」という状態になりませんか。

映画にもありましたが、精神が正常な状態で「死にたい」なんて思う人はいません。過労や睡眠不足が重なって、徐々にメンタルが損傷していき、最後には正常な思考ができなくなるのです。

「もう何も考えたくない」「何も感じたくない」 → 自分のシャットダウン(自殺)

例えば、ブラック企業

「ブラック企業なんて辞めればいい」という考え。これは正常であれば誰でも思いつく話。ところがメンタルが損傷していると、そもそもこの感情、考えが出てこない。直情的に「自分のシャットアウト(自殺)」に進んでしまう。

正しく治療を受けて、精神を正常に戻せば「ただ辞める」だけで済むのに。従業員のいなくなった(ブラック)企業はつぶれるのに。

環境のお話

メンタルリカバリーを許さない風潮。それからもう一つ。

「生活リカバリーを許さない」風潮も改善しないとだめですね。

  • 学校を辞めた
  • 就職に失敗した
  • 会社を辞めて貯金でゆっくりすごした
  • …etc

「正統な理由があって『人と違う生き方』をしたのに、次の職が決まりづらい」という風潮も直さないとだめですね。リカバリーせずに済むように生きよう、と考える生活。余裕がない生活・・・。

考えると

自殺者が多い原因は考えれば考えるほど出てきます。

ただ、自分が考える一番大きな原因はやっぱり「治療・リカバリーを一切許さない社会風潮」だと思うのです。

皆さんはどう思いますか。

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2013年07月02日 | Posted in 映画, 生活6 Comments » 

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コメント6件

  • ゴリ より:

    切腹とか、責任とってるように見えて、一番無責任な行動が、昔から美化されてまかり通ってる国だからなあ・・・
    自殺してきれいさっぱりなかったことにするか、底辺這いずりまわってでも生きようとするかのチョイスで日本人は前者を選びたがるんじゃね? 中国とかラテンだとそういう人は少なそう。
    そういう選択をしなきゃいけなくなるまでの経緯はある程度、社会に起因するとしても、ほかの国と比べて客観的な幸福度が低い国とはとても思えんし。外面と諦めの見切りが早いってだけじゃないかな?日本人が日本人の美徳的なものを大事にする限り早々減らないんじゃない?サムライ的な美的感覚を捨てるとこからやらんと・・・、日本人がみんな大阪のおばちゃん的になったら減るとは思うが。

  • wg_koro より:

    「死んでお詫びを・・・!」という感情が昔からある国だもんね。
    言うとおり、根っこにある考え方自体を変えないと、根本的な治療にはならない気がしてきた。
    しかし皆大阪のおばちゃんになるのはちょっとイヤだw

  • トライスター より:

    同意します。

    特に生活リカバリーについて。
    “会社を辞めて・・・”のくだりは完全に今のワシとかぶるな~(笑)。
    本人はいたって気楽なんですがね、家族含めて。

    問題は周囲の環境。
    “そんなことで会社辞めるな”
    ・・・ってかなりの方から言われました。
    こちらとしては“これがあったら辞めよう”って前々から決めていた事が実際に起こってしまったからなんだけどね。
    事情を知る身近な友人からも前述の事を何人かから言われたよ。

    その“決めていた事”は、説明しても理解されなかったり、すごく軽く扱われたりした。

    ココから感じたのが、ただの個人のわがまま、としかとらえられてないな~、と。
    その辺が生活リカバリーを難しくしてると思う。
    そして、その列から外れた人には厳しく、別の列に入ろうとしても結構はじかれることが多いんだよね。

    “石の上にも三年”ってことわざ、いい意味でも悪い意味でも日本人の気質や仕事等に対する取り組みを表していると
    思う。

    自分の境遇と照らし合わせてついつい長文になってしまいました。申し訳ない。

  • wg_koro より:

    ちょっとイレギュラーなことをすると、周りの目がすぐ変わるよね。
    でもまぁ家族含めて気楽なら特に問題ないんじゃないかな。

    >“そんなことで会社辞めるな”
    >・・・ってかなりの方から言われました。
    >こちらとしては“これがあったら辞めよう”って前々から決めていた事が実際に起こってしまったからなんだけどね。
    本人にとって「正統な理由」であるなら、
    非難するようなことではないと思うんだけどなぁ。

    どうも、こう閉鎖的というか何というか。
    しんどい国ですよ我が国は。

  • トライスター より:

    うん、その本人の事情とかがなかなか分からないor分かろうとしないからね。

    ワシの理由等は一度お話ししたと思うけど(身体的理由の方)、それすら軽く扱われたり(「その程度で?」みたいなこと
    言われたり、「そんなことはよくある」的ニュアンスを言われたり)。
    分からなくて黙っちゃう方はまだよい方。

    やはり、日本人の根っこの考え方が問題だと思う。
    “村社会”というか。
    そのお陰で、今の“秩序ある社会”(電車が数分おきに数十秒も遅れずやってくる、とか)が生まれたんだと思うけど・・・
    ジレンマだ。

    ま~、それ以外は日本も超個人主義だな~とは思うけどね。

  • wg_koro より:

    「村社会」って単語が一番しっくりくるね。
    最近は個人の考えがちょっと際立つようになった気がするけど、でもまだまだだねえ。

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